錦織 亮雄 (建築家・株式会社新広島設計 代表取締役会長)
 このコンテストの審査をするたびに、改めて人のくらしとそのための住宅のはたらきについて考えます。
人間というものの歴史が、いつから始まったのか良く分かりませんが、無防備な体つきをした人間が、自然の洞窟から飛び出して自分の棲(すみか)をつくりはじめた時なのではないかと思うときがあります。他の生き物は、自分流の棲としての巣を太古の昔から同じようにつくりつづけていますが、人間だけが、時代により、場所により、その時の価値観により、都市的な集合を含めた棲を変化させつづけているのです。棲というもののあらゆる要素が私達の文化や文明だとすると、洞窟を飛び出した時から人間の歴史が始まったと言えると思うのです。
今、私達は世界中の多様な棲を知っていますし、棲を取り巻く知恵や道具や装置や、それらの未来までも頭の中に入っています。住宅を作るということは、それらを自由に動員して、今この時代の文明や文化や価値観の中で生きている自分の棲を作ることです。これは、小さいながらも人間の歴史に参加するということだと思います。
 このような視点から見ると、現在の日本の住宅づくりの実状は、他の色々な社会的現象にも言えると思うのですが、歴史に参加するというような総合的で蓄積的なものでなく、人の持つ深い価値観の存在を嫌うかのように軽々しい、単なる物の循環のようなところがあります。その結果として、住まいは意味のないところで多様化し、意味のないところで標準化して行く傾向にあります。
このコンテスト出品作品もこの傾向をまぬがれるものではありませんでした。今年は出品作品も多く、その上大きな欠点のある作品もありませんでしたが、大半の作品は標準的であり、その中から小さいながらも歴史に一石を投じる意味を探すのに苦労しました。
 その中にあって、最優秀の「川内の家」の程良い現代性や、優秀賞の「神庭の家」の具体化された敷地環境や地域への関心、「石本邸増築工事」の簡単には物事を割り切らないやさしい物造りの態度、「佐山の家」の標準的なものの土地への置き方の巧みな工夫。佳作の作品のそれぞれに見られるしっかりした意味のある自由な工夫など「自分の棲」としての意味のある住宅づくりの足跡を今年も又見出すことができ、このコンテストの小さな歴史を又一つ積み上げることができました。

西川 加禰 (社)広島県建築士会「高齢者住宅と福祉のまちづくり研究会」代表
(前・広島工業大学助教授)
 住まいはその時代を反映すると云われます。今回の審査を終えて次のようなことが強く感じられました。(1)民家再生に見られるように、歴史を引き継ぎながら現代の生活に対応した生活空間に作り直すことの価値観の認識、(2)建材使用の面で健康志向から自然素材使用の増加、(3)難しくなってきた採光、通風、プライバシーなど確保する為に中庭やバルコニーを取り入れた間取り、(4)町並み景観との調和を意識した外観デザインの工夫、(5)家族の生活にあわせて住まいをつくる、住み手の明確なコンセプト、などのような傾向が強く感じられました。
 さて入賞された作品ですが、最優秀賞の「川内の家」は単純な長方形のなかに親と子の私的領域をLDKを中心に配置して分離し、各室の通風、採光を得るように中庭を有効に取り入れておられます。機能性、デザイン、快適性ともにバランスが取れた良い作品ですが、床段差が少し多いのが気になるところです。次に優秀賞の「神庭の家」は積雪が多く山間部での暖房は苦労しますが、電化にしたことによるクリーンなエネルギーもさることながら、維持管理の容易なことにも触れておられます。同じく優秀賞の「石本邸の増築工事」は古き良きものを活かしながら現代に対応させたものです。これは単に建物だけの問題ではなく、その土地に永く培われた先祖伝来の技術と家族の歴史が引き継がれていく意味でも価値あることと思います。次に佳作のなかでは「島田さんの家」は従来の畳に培われた日本的生活様式の行方を大きく変えるものです。日本人の生活文化に大きな影響を与えてきた畳は日本の住宅から大幅に後退したとはいえ、やはり捨てがたい良さもあって、完全に無くならないで残ってきました。この点如何でしょうか。「森脇ハウス」の蔵風な外観は良いですね。住宅の内側は家族の私的なものですが、外観は町並みを形成する公共的性格を有することを充分に認識されております。

宮野鼻治彦 (プロデューサー・生活デザイン研究所 代表取締役 )
 ご存知の方も多いと思いますが、いま我が国では、住宅市場を「フロー型」から「ストック型」へ構造転換させるための、さまざまな政策が推し進められています。
 新築住宅の寿命が、これ迄の約2倍の50〜60年になるよう、品質の向上とメンテナンスシステムの強化を図り、1戸の住宅を複数の世帯が住みつないでいくことをめざすこの取り組みの中では、必然的に間取りやデザインも、標準化への傾斜が強まっていくものと考えられます。
 例年の約2倍に相当する多数の応募作品を拝見させていただいて、まず感じたことは、「生活の器」としての住宅に対する考え方や、間取り、外観デザイン、内装仕上げ、設備等のプラン全般を通して、ある種の暗黙のスタンダードが形成されてきたことです。
 とりわけ電化住宅という生活空間価値を上手に使いこなす上でのベーシックなノウハウが、数年前とは較べものにならない程、広く深く浸透してきたことを実感でき、とても嬉しく思いました。
 しかしながら、住み手である家族の1人ひとりが、かけがえのない人生のひとこまひとこまを、新鮮な感動に満ちたものとして享受しつづける住まいをめざすのであれば、やはりスタンダードを超える何かが必要であることも事実です。
 今回の入選作品は、いずれもしっかりとした基本を踏まえながら、「こだわり」や「個性」をさりげなく、しかし明確に感じさせるものが選ばれています。「平凡」の中の「非凡」、「日常性」の中の「非日常性」、「伝統」の中の「前衛」…。
 これらのバランスを如何にまとめあげるのか。「ストック型市場」への取り組みが基本テーマとされる中では、ますます手強い課題となりそうですが、来年もまた、私たち審査員を唸らせてくれる、斬新かつ絶妙な設計プランに出会えるものと今から期待しています。